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郷土史

知人が西伊豆へ旅に出る事になり、いろいろとネットで下調べをしたそうだ。
その過程で辿り着いた「IZU NET」というサイトを、私に教えてくれた。

西伊豆町ーピアドーム天窓

群雄割拠の時代の中、伊豆において水軍を率いて国盗りの足場を築いたのが北条早雲でした。
その早雲が、西伊豆の海賊衆を主体として統合し、軍として編成したのが伊豆水軍のはじまりと云われています。
当館は、その戦国時代の水軍の姿をリアルに愉しんでいただける全国でも珍しい資料館。特に北条水軍と武田水軍の海上合戦を再現した大型ジオラマ「伊豆水軍物語」は必見です。


え?
武田軍に水軍が在ったの??

という事で、Wikipediaで調べもの。

長浜城 (伊豆国)

内浦湾に面したこの城は、室町時代から北条氏に仕えていた大川氏が居城としていた。
その後武田氏が狩野川沿いに三枚橋城(のちの沼津城と同地)を築城したため、水路を絶たれた北条氏が1579年(天正7年)頃、北条水軍の基地として改修したとされる。
武田水軍との幾多の戦いの際の発進基地ともなっており、1580年(天正8年)には千本浜沖で、後に駿河湾海戦と呼ばれる大規模な海戦も起こっている。


1980年と言えば”長篠の戦い”より後じゃないか。
しぶといな、勝頼。(^o^;

鉄砲に打ち負かされた武田家は、その後、衰退の道を歩んで行くのでした。
というイメージを、歴史教科書や活字・映像作品により無意識に刷り込まれていたわけだ。
”武田”を商業利用するだけじゃなく、こういう出来事を郷土史としてキチンと伝えるべきじゃないのかね。>山梨県

教訓。
何事も自分で調べましょう。

Comment

歴史はどうも・・・あきまへん。

そもそも過去を振り返るのが苦手なせいか、はたまた単に記憶力が悪いのか・・・
学生時代は歴史は鬼門でした。
何かきっかけがあれば違ったんだろうけれど。
興味の対象って、その時々で変わるから、この先どうなるかは???であります。

歯抜け

>興味の対象って、その時々で変わるから
私の日本史の知識って、正にこの通り。
興味のある時代のみ無駄に知識があるんです。
連続した歴史でなく、歯抜けの歴史。(^o^;

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