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葵祭・路頭の儀-1-

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一千年と四百年前から続いてる~♪

社団法人 京都市観光協会

欽明天皇の567年、国内は風雨がはげしく、五穀が実らなかったので、当時賀茂の大神の崇敬者であった、伊吉の若日子に占わせたところ、賀茂の神々の祟りであるというので、若日子は勅命をおおせつかって、4月の吉日に祭礼を行い、馬には鈴をかけ、人は猪頭(ししがしら)をかぶって駆競(かけくらべ)をしたところ、風雨はおさまり、五穀は豊かに実って国民も安泰になったという。
また、819年(弘仁10)には、朝廷の律令制度として、最も重要な恒例祭祀(中紀)に準じて行うという、国家的行事になった。


「葵の上」と「六条御息所」が、牛車をぶつけ合う大バトルを繰り広げた事でも有名ですね。(^^;

インフルエンザ騒動に巻き込まれる前の5月15日。
西本願寺での一仕事を終えて御所へ向かう。
行列の御所出発が遅れたお陰で、運良く「路頭の儀」を見物できた。
それも結構、撮りやすい場所で。

今回は本列(近衛使代)を。
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本列(近衛使代)および女人列(斎王代)は「検非違使志(けびいしさかん)」が守るのだが、先導は現代の「検非違使」が務める。

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乗尻(のりじり
上賀茂神社で行う「競べ馬」の騎手。

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素襖(すおう)
藍色の竜の模様がついた衣と袴のことを素襖と言う。
騎乗しているのが、検非違使志(けびいしのさかん)
周りに居るのは、衛士(えじ)」と火長(かちょう)
矢を背負っている。

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山城使(やましろつかい)の一団。
御所を出ると、そこは洛外。
山城国の人々が警護に加わる。
馬副(うまぞい)、手振(てふり)、雑色(ぞうしき)、白丁(はくちょう)

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馬寮使(めりょうつかい)
走馬を司る。

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牛車
本来は勅使が乗るのだが、実際には無人。

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近衛使
勅使の代理人。

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陪従(べいじゅう)
雅楽の奏者。

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風流傘(ふりゅうがさ)
後続の内蔵使(くらつかい)で本列は終り、斎王代列になる。

つづく

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